漫画叙情詩・創る想い<lyric-poetry>

人生はかくも短きかな 漫画家に憧れた青年は まるで走馬燈のような時空を経、気がつけばはや白髪さえまじる。 時はだまって過ぎ往く。 .ここに四半世紀をつないで 漫画を世に送ります.

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1970年代  

永島愼二作
     (永島愼二 作・道化)

永島愼二さんが3年ほど前に亡くなられていたことをつい最近知りました。私は高校生活を京都で送りましたが、高校2年生の時京都の寺町通りの本屋でなぜか「永島愼二」作品集という青林堂から出された分厚い漫画本を買ってしまいました。何故買ったのか今でも不思議な気がします。分厚い割には値段がそれほど高く無かったからか、印刷の青色がやけに新鮮な感じがしたからか。しかし中身はちっとも面白い漫画ではありませんでした。一度読んだだけで放っぱらかしていましたが何故かその後何度も読み返すうちに、「自分は漫画家になりたい」とさえ思うまでなってしまったのです。そして東京に出ると絵の専門学校に通いながら、永島さんの漫画の舞台である中央線沿線の新宿・中野を根城にアルバイトをしました。その後はまったく違った土地で漫画とは無縁の仕事をして、もう30年近くが経過しました。今でも仕事の関係で東京にはよく行きますが、私の中の東京は今も変わらず永島愼二さんの東京であり、私の漫画はメディアとはまったく無縁の漫画なのです。

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  1. 2008/07/27(日) 15:02:24|
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瀬戸内海を想う

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小学校まで岡山で過ごし中学を高松で過ごした私を、瀬戸内海は訪れる度にいつも優しく迎え入れてくれます。今も岡山には高齢の両親が住み、海水浴の想い出は瀬戸内海の思い出に繋がります。「幸多かれと」の中に出てくる中耳炎にかかった子供は私であり、帰る船の出ない暴風雨の中、牛乳船に乗って帰ったのも、当時幼かった私の記憶にほんの微かに残っています。豊島が産業廃棄物の投棄問題で新聞に出た頃、美しい瀬戸の情景にひそかに心を痛めました。瀬戸内海は今も昔も私にとって光のどけき懐かしの海なのです。


  1. 2008/09/12(金) 22:48:04|
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好きな漫画作品 と 今読んでいる漫画  

永島慎二 ( 永島慎二 画 )


< 好きな作品 >
         
         永島慎二 「ク・ク・ル・ク・ク・パロマ」 「シリーズ民話」 「黄色い涙(若者たち)」
               どの作品も青春時代を想い、今読んでも当時の想いと重なって胸がきゅっ と きます。
         
         つげ義春 「紅い花」「長八の宿」
               この頃のつげさんの作品には良いものが多くあります。特に上記2作品は好きな作品です。
         
         楠勝平  「茎」
               この作品は最後に転がる反物がモノクロなのに鮮やかな色彩が見えることに驚かされた作品です。
               楠さんが漫画に命を懸けたことを思うと我が命への感謝と、漫画に対しておろそかに出来ない気持ちをあらためて思います。


<今読んでいる漫画>     

        「ワンピース」 
               子供と一緒にずっとテレビアニメを見てきた。今は単行本を集めている。ルフィの、これと決めたら迷いがない性格が好きです。


  1. 2008/09/17(水) 20:39:47|
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タイム スリップ

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母子が滝という作品は、私の20歳の頃の作品です。今の若い人たちのスマートなコミック作品では考えられないような、二十歳でよくこんな地味な題材を画いたものだと思います。私は今もそうなのですが、もともと漫画というものがかけません。ですから手塚治虫さんや鳥山明さんなどのような漫画を画きたいと思ったことはかつて一度もありません。あくまで読んで楽しませてもらっています。これからも下手でぎこちない中から、自分自身の漫画作品を楽しみながら創造できれば最高だと思っています。



  1. 2008/09/28(日) 01:37:22|
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漫画・1960年代と2008年

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小学校の頃は、まだ漫画の貸本屋と言うのがあり、そこへはいつ行っても3歳年上の小学生が地べたに腰を下ろして貸本を読む姿と出会いました。わたしもたまに行くとその子の横に座って貸本を勝手に読んでいましたが、その行為で注意されるなど思ってもいませんでしたし、事実一度も注意されたことはありませんでした。その頃の貸本時代の漫画家でいまだにテレビアニメなどでも人気の高い漫画家に水木しげるさんがいます。その作家としての息の長さには驚きです。1980 年前後とっくに貸本時代が廃れてしまった大阪で偶然、貸本屋を廃業した状態のままの元貸本屋さんに出会いました。店のカーテンはおろされていましたが、少し開いていたガラスの扉の隙間から貸本漫画の宝庫が見えていました。店の奥にはおばあさんがいて物欲しそうな顔で漫画を見ている私に「値段はなんぼでもええから分けてあげる」といってくれました。本当に宝物のような貸本をただの様な値段でわけてもらえました。どの本もビニールカバーがしてあり、裏表紙の中綴じに貸本屋の名前の印鑑が押してある紙が貼ってありました。私はその本を20年以上手元に置いていましたが、数年前漫画本管理の難しさから全てを売り払いました。一冊一冊を個別に売れば高い値段がついたのかもわかりませんが、一括で売り払いました。それでも水木しげるさんの本だけは結構な値段で引き取ってもらえました。今は貸本屋も貸本専門の出版社も無くなり、それに代わってインターネットと漫画を組み合わせたカプセルホテル代わりにも利用されるような店を多く見かけるようになりました。時代の移り変わりなのでしょう。漫画は様々に形を変えて社会や個人と関わってきました。その可能性はまだまだ有るように思います。私は漫画という表現手段を通じて、マスコミ漫画誌とは違った、自身の何かが現すことが出来ればと思っています。

  1. 2008/10/28(火) 22:59:52|
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 ONE PIECE は少年漫画の王道です。

もう10年近い前になります。水曜日夜の7時30分から始まるテレビアニメ「ONE PIECE]だけは子供たちと食事をしながら必ず見ていました。ルフィのひたむきさと純粋さととてつもなく大きな目標への信念は、過去の少年漫画の主人公の誰にも増しています。また現実の地球に似た親しめる世界上での舞台設定なので、現実に縛られること無く自由な風景や世界が画かれているのもワクワクして楽しめます。さらに魚人アーロンからのナミの救出、サンジのゼフとの別れの場面。ドラム王国のDrヒルルクの話、モンブランクリケットの話など思わず目頭が熱くなってしまいます。子供たちに夢とロマンを与えてくれる。ONE PIECEはまさに少年漫画の王道と言える漫画です。楽しめるところがてんこ盛りにありますので子供たちと一緒に是非読んでみてください。

  1. 2008/12/28(日) 15:30:30|
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楠勝平さんについて

楠勝平 画1
 
        (楠勝平 画)

私が18歳、東京の美術の専門学校に入った年に、楠勝平さんは他界された。

「永島慎二作品集」で永島さんに影響を受けたのが17歳の時。そして「楠勝平作品集」で楠さんに影響を受けたのが19歳の時でした。しかしこの時手にした楠さんの作品集は、楠さんを追悼するような形で出されたことを、読んで初めて知りました。楠さんは30歳の若さで他界されていたのです。

楠さんの作品を読んだ時、まず「名刀」や「いざかや」に見られる切れ味の鋭さに正直驚きました。漫画でこのような世界に出くわした事が無かったからです。しかし楠さんの漫画の本当のテーマは、「人が生きること」そのものに対してあるようです。


楠勝平 画2

          (楠勝平 画)

漫画というのは「あしたのジョー」にせよ「ONE PIECE」にせよ読めば面白いという概念とは別の、違った世界観を楠さんは教えてくれました。これは永島さんやつげさんにも言えることです。しかし楠さんの作品には、自身が病弱であったからでしょうが、「漫画に対する真剣さ」がビンビンと伝わってきます。現在吐いて捨てるほど漫画は世にあふれています。読者や出版社に受ける作品、プロにとってヒット作品を持つことこそ全てといった世界とは、あきらかに別の世界に楠さんは居るように思います。

私は永島さんと楠さんを知った後、青林堂から出されたシリーズで、「つげ義春作品集」に出会い。それらの作品が掲載されていた当時の「ガロ」を古書店で集めました。

今は集めた「ガロ」も全てを売り払いましたが、3人の作品だけは今も手元に置いています。

  1. 2009/01/24(土) 18:45:51|
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楠勝平さんに宛てた永島慎二さんの追悼文

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               楠 勝平 さん

以下に掲載する文章は、1976年 私が19歳の時に東京中野の明屋書店で購入した「楠勝平 作品集」に収められた、楠さんに寄せた永島慎二さんの文です。
永島さんが楠さんをどう見ていたか、さりげなく書かれており良い文章だと思います。
今は永島さんも天国の住人となってしまわれました。
この文が2001年に青林工藝舎から出版された「彩雪に舞う」に収録されているのか、私は見ておりません。少なくとも青林堂の「楠勝平作品集」は限定版でしたから、ご存知ない方も多いと思いますので、ブログに転載させていただきました。楠さんの才能を惜しむ関係者の皆様方には、勝手なる転載を大目にみてお許しください。




 自立する作品                               永島慎二


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            永島慎二さん

楠勝平が死んだ。まだ死にたくないそういうふうにもがいて死んだそうだ。
一つの才能が死んでゆく時に、最後に、人生に、人々に示した愛情だった、とぼくは信じている。
彼とぼくのつき合いは、まことにへんてこりんな始り方をして、数えるほどにしか会っていないのに、友だちだったと、今は思いたい気持ちでいる。
おたがいに作品を読んでいたので、余計なはなしをしないですんだことが気楽だったのかもしれない。彼は、ぼくにたいして、会う度に その示す態度がはっきり違っていた。まったく無視する時と、永島さんと呼んだり、先生と云ったりした。
ぼくの方といえば、女房が彼の作品を好きだったこともあって、かならず目をとおしていたので、その都度、あるおどろきと、新鮮さを感じつつ心中おだやかならざる状態でありながら表面は先輩づらをしとおしていた。
話の内容はきまって、劇画であり漫画の話だった、といっても、他の作家の話などではなく、おたがいの作品についてであった。
今考えてみると、ぼくが、「きみの作品は周五郎の作品に似ているね」といった時、あのおちくぼんだ目を細め、肩をすぼめてにやりと笑って淋しげに、しかし力づよく「山本周五郎ですか」と云った時のあの意識の高さを、実はぼくは信じてはいなかったような気がする。
漫画の世界はおもしろいところで、つげ義春のように、何人かの評論家の文章によって一つの作品が、作品として、完成していった場合と、ぼくの漫画家残酷物語のように何人かの若ものたち協力と、峠あかねの解説で一応成功した例など色々あるわけだが、楠勝平のように、他を一切寄せつけることのない完成度を目指した戦慄的な作家は、彼をおいて他にはいない。漫画が、劇画が、人間の体温をつたえ得ることをしっていた、数少ない劇画家と呼ぶにふさわしい人だった。
楠勝平は死んだ。と同時に、彼を愛した多くの人達の中にすでに生き始めている。十年たって読みかえして古くならない劇画があるとすれば、世の中がどのように変わろうが、楠勝平の劇画は、時と共に読まれ続けていくだろう。作品について、とやかく書きたくても書く必要のないところに、楠勝平の死んでもなお高い存在感が、彼のすべてを物語るであろう。
最後に、彼の作品集をだしてくれる長井さんに、紙面をかりて読者の一人としてお礼を申し上げます。ありがとうございます。

     一九七五年  一月七日








  1. 2009/02/11(水) 15:04:32|
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色を感じた瞬間! ・・・  楠勝平作品 「茎」

「茎」と言う作品は、前編と後編とに分かれた52ページという比較的長い作品である。そのラスト3ページをピックアップしました。

茎1茎2茎3

私は初めてこの作品を読んだ時、ラストページの反物に鮮やかな色を感じて「ハッ」としました。モノクロ漫画で鮮やかな色彩を感じたのは、後にも先にも楠さんのこの場面以外記憶にありません。

楠さんの作品はいずれも短編です。それだけにどの作品もラストページに思いを込めています。読み終えた直後の印象が、短編では作品成功の成否です。同じ楠作品の「名刀」や「いざかや」のラストの小気味良い切れ味に似てなくもありませんが、それ以上に味わい深いものとなっています。そしてなんといっても、色彩を感じさせることに成功した唯一の作品ではないでしょうか。

ラストシーンでは「あしたのジョー」がピント来ますが、あれは大長編のラストです。私はこの「茎」のラストに、他の漫画家が成し得なかった、楠さんの「仕事の足跡」として驚きと感謝の気持ちを持っております。





  1. 2009/03/03(火) 20:13:51|
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漫画考

Sample_12.jpeg
 
        楠勝平 画


私たちが普段目に触れる漫画は、マスメディアを通じたものですから、出されるには目的が有ります。例えば漫画が売れること、商品が売れることと言ったようにです。評価の視点は誰から見たものかというと、与える側の視点から見たものです。私たちは青年向け、少年向け、少女向けの各マスメディアの評価にかなった漫画を見ています。もちろん時流に合わせ、読む側のニーズにあったものを察知して作っているのでしょうが・・・。
 いわゆる文学といったような文字媒体には、芥川賞を筆頭に大衆文学、詩、俳句、短歌など幅広いジャンルがあるのを大人なら誰だって知っています。しかしそれを漫画に置き換えてみるとどうでしょうか、マスメディアの発行する青年漫画と少年漫画がいわゆる漫画であって、付け足して新聞の4コマ漫画が加わる程度でしょうか。
 かつて手塚治虫さんが、漫画の芸術性について述べ、かなりの批判を浴びたと聞いたことがあります。漫画がマスメディアと共にあり、作り手も受けても大衆文学以外期待されていない現状では、純文学や、詩、短歌、俳句といったような違いを持った、新しい漫画表現が世に受け入れられるのは、土壌が無いだけに難しいのかもしれません。嘗てのガロやCOMはそのあたりの線を模索していた所も有ったように思います。個々の漫画家として永島慎二さんやつげ義春」さんなど、マスメディア漫画とは少し毛色の違った漫画が世に出たことはありましたが、根付くこともなく結局のところ世間に受け入れてはもらえなかったようです。漫画は大衆文学だけではなく、あらゆる可能性をもったすばらしい表現手段だと思います。今のマスコミ主体の利潤とニーズの媒体からでは、なかなかあたらしい漫画分野の開拓は難しいのかもしれません。
                    

                                     新宿 漫画喫茶にて


  1. 2009/04/03(金) 00:22:32|
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故郷にて

09_11_5_20090510212216.jpeg

四月20日 40年ぶりに故郷岡山に住むため帰郷した。
岡山には高齢の両親がおり27年間勤めた仕事を辞めての里帰りである。
今まで人生の半分以上を過ごした奈良を去る時、たくさんの人達が別れを惜しんでくれた。
また岡山に帰ってからも、お電話やお葉書をいただいて
懐かしくも、有り難い奈良の人達に感謝の気持ちで一杯だ。
 
さすがに40年以上経つと岡山は異郷の地である。
しかし小学生までの私を知っている方もおられて、子供だった時分の私の事をとても懐かしそうに
話していただいた。そう言われると、やはりこの地に確かに私が住んでいたことを、改めて確認させられた。

「人間(じんかん)いたる所青山あり」という漢詩の文句があったが、たかが80年の短い一生である
死に場所などどこであろうと問題ではないように思える。むしろ病院で死ぬか自宅で死を迎えるかの違いの方が大きいかもしれない。
生きるということは、自分に対する問いかけのようで、あくまで自身に対して「これでいいのか?」と
問答されているようだ。



  1. 2009/05/10(日) 23:01:42|
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詩人のたましい

nagasima1.jpg

人それぞれに「生ききる」ということ。

それは他人の目も社会の評価も関係ありません。

死を目前にして、意識はしなくても、自身が精一杯生ききったか
それが安堵へと繋がるような気がします。

各々がまったく違った人生を歩みます。

死という終着点は皆平等です。しかしそこへの時間の差があります。

長ければ良いわけではありません。

お年を取られた方は皆、異口同音に
「人に迷惑をかけてまで生きたくは無い」と長生きすることへの
不安を語ります。

ある年齢以上になると、大概の人は生きている意義と目的を失うようになります。

自身のやりたかった夢や目標に向かって「生ききった人」を、他人は羨ましく
思います。

勝手に拝借した写真は、そういった人生を生き切った二人に思えます。

  1. 2011/11/13(日) 12:31:28|
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